あなたはドラマ「弟の夫」を観ましたか?
ドラマではなく、漫画だけ読んだ人もおるやろうけど、両方を観た人が一番多いかもしれませんね。^^
僕自身、興味はあったけど「弟の夫」の漫画を読んだことがなかった。
漫画の存在は知っていたけど、なかなか読むタイミングがなくて。^^
でもですよ。
「弟の夫」のドラマが始まることを知ったので、ドラマを観てみたい!と思ったんです。
なにしろNHKでの放送ですからね。
正直、あのNHKでドラマ化されたというのを聞いたので、ちょっと驚きました。
NHKというと、どうしても固いイメージがあるのでデリケートな内容を扱うことをしないというのが僕の主観。(NHKの方がいたらすみません。僕個人のNHKに対するイメージです。)
だから、NHKがセクシャルマイノリティ的なテーマを扱うこと自体にちょっと意外だな、と思ったんですよ。
テレビでドラマ放送するということは、それだけ訴えるものがあるのだろう、と思ったんです。
僕自身、ドラマを観るまでは内容なんてまったく知らないため予備知識もなく、タイトルだけでなんとなく内容をイメージしていただけ。
で、いざ観てみると、「そうだよな」と納得してしまう部分が多い。
結論としては、面白かったというよりは、まるで自分が世間に対して「ゲイというものはこんな形で悩んで生きているんだよ」という情報発信したかのように、ちょっと嬉しかった。そんな感じです。
今回、僕がこのドラマを見て、感じたことをつづってみます。
弟の夫を観て
原作者である田亀源五郎さんは、ゲイ漫画を読んだことのある人であれば知っている人も多いはず。
非常にインパクトのある性描写をうまく描く方なので、一度彼の作品を読めば忘れられません。^^
ただ、それまでのゲイ漫画とは異なり、異性愛者と同性愛者の双方に訴えている作品のため、当然男同士の絡みのシーンはないわけです。
内心、そんなシーンがあったらどうしよう?とか勝手に思ってましたが。(笑)
僕が一番感じたこの作品の感想は、異性愛者の視点で見た同性愛に対する考え方、そして実際に異性愛者が同性愛者と接したときに思うこと、異性愛者として同性愛者が身内にいたら今後どうしていけば良いのか、という3つのポイントをうまく表現しているな、と感じた点です。
ほとんどのゲイはこれらの表現に対して、異性愛者が同性愛者にどんな反応を示すのかは想像できると思うし、異性愛者の人もおそらくその通りの反応を示すと考えるでしょう。
でもこの作品は、さらにもう一歩前に進んでいて、主人公で異性愛者の弥一(佐藤隆太)が、ゲイのマイク・フラナガン(把瑠都)に対する嫌悪的な偏見から、普通の一人の大人を愛する人間なんだな、と考えが変わっていくところにあります。
弥一がそんな考え方に変わっていく経緯には、一人娘の夏菜(かな:根元真陽)の存在が大きく影響していますね。
思春期前の小学生の夏菜は、ゲイのマイクに対する偏見がまったくなく、逆に興味深々でマイクと仲良くなっていき、弥一が戸惑いながらも夏菜に押され気味でマイクと交流を深めていく。
ここがちょっと面白いな、と感じた点です。
このことから、子供は本当に純粋なんやな〜、と思ったりしました。^^
子供が大人の絆をつないでくれるカスガイってのは、本当なのかもしれません。(「子はカスガイ」の使い方違うかな?^^)
この作品は、異性愛者が同性愛者の家族を持って今後どうしていくのか、というところがストーリーの重要な部分だと感じるので、ゲイである僕らからすれば、立場的に絶対に経験することはありません。
そのため、田亀源五郎さん(自身もゲイ)は非常に悩んだそうです。
だって、異性愛者の立場でストーリーを考えるわけですから。
ゲイって特別な存在なんかではなく、普通の生活の中に溶け込んでいるわけで、僕らにとってはそれが当たり前のこと。
でも、異性愛者側からすれば、存在は認めつつも、そんなに近くにゲイがいるという認識があまりない。
特に今の日本では、まだまだそのあたりが一般の異性愛者からすれば、ちょっとした異世界に感じてしまう。
だから、普通はゲイが身近にいるなんてわかってしまうと、動揺したり、物珍しく感じたり、結果離れたりするわけです。
自分とはちょっと異なる存在。
そのちょっと異なる存在が、ごく当たり前の生活の中にいる。
しかもそれが家族だったら。
だから、普通の生活中心の絵を多くし、食事のシーンを多く取り入れたんだそうです。
(って、ウィキペディアに書いてありました。^^)
そんな客観的視点で、ストーリーを考えなければならなかったので、田亀さんは大変だったんじゃないでしょうか。
でも、田亀さんの大変さは、十分に報われたんだと感じます。
なぜなら、このようなシチェーションのストーリーは、他に見たことがないからです。
それに僕が一個人のゲイとして、「弟の夫」という作品を世に出してくれたことに、自分のことのようにとても誇りを感じているからです。
「よくぞ、出してくれた」
そんな感じです。^^
僕がそう感じたということは、おそらく多くの人が僕と同じように感じている気がします。
共感する部分が多くある
なんというか、いろいろな場面で共感する部分がありました。
たとえば、弥一がマイクのことを近所のおじさんに「あの男の人は誰?」と聞かれたときに「弟の…友人です」と言ったシーン。
これは、マイクが自分(僕)の恋人であったとしても同じように紹介してしまうだろうな、と。
他にもいくつか共感する部分がありましたが、その中でも一番印象的だったのが、中学生の一哉(小林喜日)がマイクにゲイであることをカムアウトしたときです。
一哉がマイクに対して、ゲイであることをカムアウトして泣き出すシーン。
僕は、中学生時代に誰かにカムアウトしたことはありません。今でもしたことはありませんが(笑)。
でも思春期の時期に、誰にも何も相談できずに、自分の性に対して悔しくて悲しくて泣いたことがあります。
「どうして自分はゲイなんだ…!!」てね。
そのことで親を恨んだこともある。
愚かですよね。親は何にも悪くない。
(今は親にとても感謝しています。^^)
でも、この時期は、同じようにどうしようもなくて涙した人は多いんじゃないかな。
一哉の場合は、カムアウトできるマイクがいたことが、大きな安心に繋がってるように思います。
僕が中学のときに、そんな存在がいたらどうしていたかな。
たぶん、会いにいく勇気はなかったと思います。
なぜなら、もしかしたら治るかもしれないと思っていたし、ゲイに会うという行為自体が怖いと思ったかもしれないからです。
でも、逆にマイクの立場だったら?
たぶん、マイクと同じような態度をとったでしょう。
なぜなら、一哉の気持ちがよくわかるから。
このブログも、そんな人のために立ち上げたようなもんですからね。
悩みがあったら、どんどん僕に相談してほしいです。^^
ストレートの人に比べたら、同じ人間に相談するほうが絶対に楽だし、相手の気持ちがわかるからね。
僕らはどうやって生きていけば良いのか
どうやって生きていけば良いのか。
普通に、自身を持って生きていけば良い。
これは間違ってません。
なぜなら、僕らは別に悪いことをしたわけでもないし、もちろん犯罪を犯したわけでもないのですから。
「弟の夫」は、おそらくどの性の人に対しても、観てもらいやすい作品になっていると感じます。
そして、僕らにとっては「自信」と「安心」に繋がる作品ではないでしょうか。
だから僕は、この作品から「誇り」を持って生きていける。そう感じたのです。
だから、自信を持って生きていけるはずなんです。
今、自分の性に悩んでいる思春期の人はもちろん、僕らの世代ももちろん、老若男女問わず、ぜひ観てもらいたい作品ですね。
この作品によって、日本のLGBTに対する考え方が少しづつでも変わっていけば嬉しい。
この先に求めるもの
とはいうものの、なかなかそんな簡単に、世間一般のゲイに対する偏見が変わるわけでもないと思います。
でも、20〜30年前に比べれば、日本のゲイに対する考え方はすごく変わった、と感じます。
30年前は、地方ではとてもカムアウトなんかできやしない。
未だに、変態とか病気といった固定観念が取り巻いています。
そんな中、各地域でのLGBTイベントや、啓蒙活動はもちろんのこと、メディアにセクシャルマイノリティーの人が多く露出するようになったことが、世間の考え方に一石と投じた大きな一因になっていると思います。
海外の同性婚を認める動きから影響を受けての、同性パートナーシップなんかが確たる変化ですよね。
僕の住んでる名古屋市も、近く同性パートナーシップ制度が発足されるようです。^^
同性パートナーシップ制度を発足している地域で登録した友人たちもいます。
国や地域が動き始めたというのは、すごいことなんですよ。
僕らは、別に特別な存在として認めてもらいたいわけではない。
普通に暮らしやすい生活がしたいだけ。
そんな世の中に、少しづつではあるけど変わってきているというのは、やっぱり嬉しいことです。^^