誰でもいつかは経験すること

tengoku

いつかは誰でも経験することになる親の最後。
今回は僕の経験をもとに、感じたことを話そうと思います。

老若男女LGBT関係なく

親の最後は、どんな人でも経験する出来事です。
高齢の親であれば、死因は老衰や病死が多いと思います。中には事故や怪我で亡くされる家族の方もいるかもしれません。

通常であれば両親二人の2回、経験することになります。
僕の場合、僕が47歳のときに病気で父親(亡年80歳)を亡くしました。入院していたため、そういうことはあるかもしれないと意識していたので覚悟はありましたが、それでも肉親がこの世からいなくなる喪失感は、経験しないとわかりません。

医者から言われる厳しい3つの選択肢

父は下半身に力が入らなくなる白質脳症という病気で入院していました。
食事は口からチューブを使って胃に栄養を送る生活を1ヶ月半ほど送っていたんです。
自力で食べることをさせてもらえず、下半身もオムツをした状態で、ただベッドに横になって過ごすという、なんの楽しみもない生活をです。

見舞いに行っても眠っていることが多く、リハビリしながらうまく動かせないむくんだ足を見るとかわいそうで仕方ありません。

救急病院に入院したため、いずれは家で面倒をみるか、継続的に入院できる病院に転院することになります。
ただ、急には無理なので、そこで医者が提案してきたことが3つあります。

  1. 中心静脈栄養
    鎖骨のあたりに穴を開けて、静脈から栄養を送る方法。
    これは治療になるため、病院での入院生活が可能になります。
  2. 胃ろう
    胃に穴を開けて直接栄養を送る方法。
    これは治療に該当しないため、家での介護が可能になります。
  3. 看取り
    いうまでもなく、餓死させるということです。

突然そんなことを言われても、決められるわけありません。餓死させる選択なんて。

医者は悪い言い方をすれば冷徹な現実を突きつけてきます。
でも、彼らは医者としての義務を果たしているだけです。
どんなふうに伝えれば良いのか、最善の方法で患者や家族に話をしてくれています。
大変な仕事です。

この3つの選択肢の中から、どうすべきか決めなければならない。
僕は長男です。残された家族と相談して、どうするか決める覚悟が必要になります。
そして家族と考えて相談した末、このときは中心静脈法を選択したのです。

しかし、その中心静脈の手術をしてから2週間後の元旦の日、父は早朝に亡くなりました。

親を亡くしたときの心の状態

実家から離れて生活していた僕は、元旦の日は相方と過ごす予定でいました。
さぁ、今年最初の朝食を相方と一緒にとろう、としたその時です。

母親から携帯が鳴りました。
元旦の朝からの電話。
いやな予感がしました。

内容は「お父さんの呼吸が止まってる」と、母はかなり動揺している様子で、「今から病院に行くね」といってすぐに電話は切れました。
父は、起きているときに無呼吸状態が時々あったので最初はそのことかと思ったのですが、念のため姉に電話したら、姉はすでに病院にいるらしく「お父さん、心臓が止まってるらしい」と半泣き状態です。

あぁ、これは今から急いでいかなあかん。
そこでようやく父が亡くなったことを覚悟したのです。

以外と落ち着いていたりする

せっかく遠くから来てくれていた相方を部屋に残して、急いで病院に向かいました。
相方には申し訳ないと思いつつ、家を出る前に「せっかく来てくれたのにごめんな」と言って、初めて相方に少し涙を見せたことを記憶しています。

そして、病院に向かう1時間の道のりを、運転しながら車の中で一人で泣きました。

病院に着いてから病室に向かいましたが、父は病室におらず、そのときに「あぁ、やはり本当なんだな」と感じたのです。

生活を共にしている人ほど動揺と悲しみが多い

僕自身は、親と離れて一人暮らしをしていたので、父が亡くなってからもしばらくの間は実感がありませんでした。
本当に親父死んじゃったのかな?そんなふうに思ってしまうのです。

でも、長年生活を共にしていた母親からすれば、面倒を見ていた対象がいなくなってしまうわけですから、心身ともに強烈な事象が起こったことになります。
葬儀のときに火葬が始まると、それまで自分を落ち着かせていたように見えた母親が「お父さん…!!」と言って泣き崩れてしまいました。

一生懸命に介護をしながら面倒を見ていたのに、突然一人になってしまうわけですから、とても辛かったはずです。
母親の泣く姿は、今まであまり見たことがありません。普段はいつも笑っている性格ですからね。

心身の不調

身内が亡くなるという事象は、色々な影響を与えます。
ここにそのときのことを話します。

自分に起こった変化

僕自身、鬱になりました。同時に仕事がうまくこなせなくなり、会社に行くのが怖くなってしまったのです。
そのため、幾度か会社を休んでしまうこともあり、最悪のことを考えてしまったりしました。

でも、仕事をしない訳にはいかない、と冷静に自分を見つめ直して、職場変更を希望して部署を変えてもらうことになったのです。
そうすると、徐々に心が落ち着いてきて、今では充実した社会生活を送ることができています。

家族に起こった変化

家族には母と姉がいますが、二人とも明らかに心身の変化がありました。

まず母についてですが、記憶の欠如が激しかったです。

冬だったので、セラミックヒーターを母にあげたのですが、次に実家に帰省したときにはなくなっていました。母に聞いてもセラミックヒーターのことは一切覚えていません。
どこかに仕舞ったのかと思って探しましたが、どこにもないのです。

またあるときは、父の仏壇用に使うロウソクの代わりに、LEDキャンドルが安全だと思ってあげたのですが、これも次の機会のときにはなくなっていました。
これについては、母にLEDキャンドルの写真を見せても全く記憶にないようです。

結論としてはセラミックヒーターもLEDキャンドルも捨てたんだと思います。

そして姉ですが、原因不明の体調不良が数ヶ月続いていたようです。
医者に相談していたのですが、原因はわからず。あるとき医者に「最近何かありましたか?」と聞かれて、父の訃報を話したところ、それが原因かもしれないね、と言われてから体調が戻ったようです。
つまり、原因が判明したことに安心できて体調が戻ったんだと思います。

結果、母も姉も今は元気です。

必要な準備とやるべきこと

家族が亡くなるという事象は、将来かならずやってきます。
だから、そのときのための準備というのは、早すぎることはありません。

事前に準備できること

エンディングノートをつけることです。
できれば、本人も含めて家族全員で話をしながら。
これが、後々重要な役割を果たします。

  • 訃報を誰に連絡するのか、葬儀には誰を呼ぶのか
  • 本人が契約をしているものには何があるのか(保険、ライフライン、携帯、借金など)
  • 本人名義のものは何があるのか(家、車、土地、その他もろもろ)

これはほんの一例です。
エンディングノートには、色々と役にたつことが書かれているので、目を通しておくとよいです。

父が入院したときに、母と姉とでエンディングノートを事前に準備していたのでかなり助かりましたが、それでもかなり大変でした。
姉と僕とで役割分担して、一日中あちこちに電話かけてたので、非常に疲れます。
これでエンディングノートを作っていなかったら、どうなっていたことか。

ちゃんと見送るために

葬儀のこと、お墓のこととかも、可能であれば親族で話したほうがよいです。
何もわからないから葬儀会社にお任せしてしまうと、膨大な費用になったりするからです。
その筋に信頼のある方や、親族で相談するのがベストです。

あと、お通夜や告別式は難しく考える必要はないです。
基本的には葬儀会社がすべてやってくれます。
今は喪主が行う挨拶もやらない人が多いです。僕も挨拶はしませんでした。

葬儀一式にかかった費用は、身内葬でお布施代も含めて約70万円でした。

今はコロナで亡くなる方もいると思いますが、その場合は別途費用がかかる葬儀会社が多いようです。
この場合は、事前に調査しておくのが賢明です。

あと、お墓についてですが、僕の父は樹木葬にしました。
最近多くなってきてる樹木葬ですが、費用が通常のお墓より断然安く、一人用、夫婦用、家族用と色々あります。
そして、永代供養と管理費込みで買取費用で契約できます。
特に僕らの世界では、こういった樹木葬は選択肢の一つとして考えて良いのではないでしょうか。

気持ちを落ち着かせるために

僕が父を亡くして、しばらくの間やっていたことを書きます。
それをしないと落ち着かなかったからですね。

友達と会って話す

できるだけ、一人の時間を無くすようにしていました。
理由は、一人でいると色々と考え込んでしまうからです。
そのため、週末は必ず誰か友達に会ってもらって、思っていることを全部聞いてもらっていました。

話を聞いてもらうことで随分楽になるのです。
そして、友人にとっても関係のない話ではないので、ちゃんと話を聞いてくれます。

僕らの世界では、友人という存在はとても大事な存在です。
このときほど、友人の有り難さを感じたことはありません。

人によっては友達なんていらない、いない、という人もいるかもしれません。
友人は多ければ多いほどよいですが、一人、二人でも良いのです。
信頼のおける友人を作っておくことをお勧めします。

まとめ

今回は親が亡くなったことについて話しました。
身内が亡くなるというのはとても大変な出来事です。
少しでも参考になれば幸いです。