こんにちは。臥迂(gaw)のゲイブログへようこそ。このブログでは、僕自身の経験や経緯をもとにつづっていきます。
 
好き勝手とはいうけれど、できれば人の悩みを解決したい、という想いから立ち上げたのがこのブログ。だから、できるだけ役に立つ情報を伝えていきたいと思ってます。でもときには、面白くもなんともない適当な話をすることもあるかもしれない。それを覚悟して読んでいただければ。(笑)
 
それでは行ってみよう!

プロフィール

まずは僕のプロフ。名古屋在住、三重県出身。長崎出身の親父と三重出身のおふくろとの間に誕生。三重県は関西なまりなので、ときどきなまりが出てしまいます。そしてもう年齢を自慢できる歳じゃないですが、1972年の早生まれ。
 
そう、もうええ歳のおっさんです。でも、気分は30代。今までも、これからも、いつまでも。身長は164cm、体重75kg〜80kgあたりをうろうろしちゃってる。チビデブですね。
 
好みは当然ガチムチ。いや、最近はガチポまで。いやいや、GMPDオールオッケーですわ。なんか好みが広がったかも?というか、あまり贅沢言ってられないし。
 
人って、好みの対象に近づくって知ってます?なぜなら最近、ちょっと自分のお腹がぽっちゃりとしてきたから。(笑) ジム、頑張ってるんですけどね。理想の肉体は程遠く。(一応、目指せガチムチ)
 
髭は口髭、あご髭あり。(ここに画像は載せられないです。スンマセン。いつか載せるかもしれないけど。)まぁ、いわゆるイカニモです。そんなイカニモの今までの経緯をお伝えします。

生い立ち -家族への思い-

三重県で生まれたんですね。生まれた病院は、市内でも一番大きな病院。でも、市内でも有名なヤブ医者病院。そう、ヤブ医者病院で生まれたんです、僕は。(涙) でも、生まれてくる僕は病院を選べないし。両親はその病院がヤブである事は全く知らなかったようやし。
 
だから、仕方ない。それにそんなこと、どうでも良い。だって、親はちゃんと僕を無事に産んでくれたから。それに親には感謝してます。
 
なぜなら、父親は体に障害があるのに一生懸命働いてくれて、母親は共働きしながら毎日僕の弁当作ってくれながら、社会人になるまで育ててくれたわけですから。
 
でもそんな僕が、男好きなんて。親には言えないっすね。絶対。もしかしたら、気づいてるかもしれないけども。
 
僕は長男。内孫を期待されながら、いつ結婚するんだ?と言われ続け、この歳になったらもうさすがに言われなくなる。言われなくなること自体は、楽になるけど、ある意味辛い。
 
親を心配させて、苦労かけて、悲しませてるわけですからね。親不孝ってやつです。
 
加えて、僕はだんだん親戚の集まりなんかにも顔を出さなくなる。周りの親戚連中も気を使ってか、結婚の話はしなくなるし、それがなんか気が重い。
 
逆に結婚の話題になると、それはそれで辛いんすよ。だから、最近親戚とは会ってない。逃げです、逃げ。情けないやつでしょ?
 
でも、だからと言って親との縁を切るわけにはいかない。それは血の繋がった親子だから。助けてあげなきゃならないし、助けてあげたい。できれば楽な生活を送ってもらいたい。幸せな生活を。
 
こんな情けないやつでも、一応親のことは大事に思ってるんです。とはいうものの、やっぱり結婚はできないんですわ。
 
ここだけは、自分に正直になりたい。
 
そう考えると、自分のセクシャルマイノリティに気づきながら、親のために結婚されてる人ってすごいと思います。自分は男が好きだけど、親のためにも子孫を残す。(結婚自体、それが全てではないけど。)
 
昔はよくあることだったと思います。それが当然のようなところもあったでしょう。周りの同志も結婚してるからというのも、自分を納得させる理由付けになったのかもしれません。これって素晴らしいことだと思うんです。
 
今でも、自分の性を隠して、結婚されてる方はいますよね。本当に本当に、頭が下がる思いです。
 
でも、僕にはやっぱり、結婚は無理。死ぬまでずっと、結婚相手や家族に本当の自分を偽って、自分を殺して生きていくことができない。(この考えは、僕個人の勝手な考えです。誰もがそう考えているとは思っていないので、あまり気になさらないでくださいね。)どうしても、それは譲れない。
 
だから、僕は僕なりの幸せを掴みたかったんですよ。
 
そして、こう考えたわけです。勝手な考えで生意気なことだけども、おそらくどんな親も結婚以上に子供の幸せを願ってくれている。そう考えたら、ちょっとだけ楽になったんです。

セクシャルマイノリティへの自覚

小学校5年生くらいの頃、どういうわけか同級生(男)が気になり始めてしまって。特定の誰かを好きになったというわけではなく、男を男として気になり始めたんです。ぶっちゃけ、無性に他人の男性自身を見たくなったってこと。(笑)
 
でも、そのくらいの歳って、普通の男であっても他の男のムスコを見たくなったりするそうで。当時、女子と男子とに別れて保健の授業をやった時に、先生がそう言ってたから。そのため「あ、じゃあ別に変じゃないんや」と安心したのを覚えてます。
 
それに僕は、小学校6年生の時に普通に同じクラスの女子を好きになった(と思い込んでいた)。後から思い返すと、女子を好きになったその時の事は“友達”として好きになっただけ。恋愛的な感情とは、ちょっと違うかもしれないですね。
 
そしてちょうどそのくらいの時に、僕の身体に変化が起こり始めた。毛が生え始めたんですわ、下の。最初は恥ずかしさで、剃ったりしてた。だって「親父と同じオッサンの体になってしもうた!!」ってショックだったから。(笑)
 
中学に入ってから、同級生(男)を好きになり始めたんです。
「あ、これヤバイかも。」
こうなると、悩む。悩んで、悩んで、苦しくなる。
 
好きな同級生は当然ストレート。そいつには付き合ってた女子がいたからね。(今思うと、そいつは野球部のガチムチ系。自分の好みはこの頃からかって感じ。)
 
好きな奴がストレートだから、自分もこいつと同じになりたい!なんて考えたりしてました。だから、無理やり女子を好きになろうと努力したんです。でも、普通しないですよね、こんなこと。普通は自然に異性を好きになりますからね。
 
そして何を思ったのか、無理やり好きになった同級生の女子に「告白」したんです。数日後、代理で別の女子から返事をもらったんです。返事の内容は「ごめんなさい」。
 
でも、ま〜ったく悲しくなかった。そしてこれで、確信したんです。「あ、俺はやっぱりそういう人間なんや」と。

男として男を好きになって幸せに生きる決意

高校在学中は、ストレートのふりをした3年間。というか、まだストレートに戻ると思ってたところもあります。高校卒業後、理系の学校に進学し、在学中に男を“知る”。
 
それからはもう、どっぷり。(笑) どっぷりとは言っても、その時はまだ地方に住んでいたから、二丁目という世界を知らない田舎者の男好き。かわいいもんです。
 
恋愛も何度か経験し、恋愛の楽しさ、嬉しさ、悲しさ、辛さを実感。そして27歳の時に、本格的にこの世界の活動を始めました。
その理由は、ゲイ友をもっと作りたかったからです。この当時、ゲイの人が作るHP(ホームページ)が増え始め、オフ会というものが流行ってまして。
 
だから、僕も自分のサイトを作って、HP仲間を作り始めたというわけです。HPを作ってからはあっという間に友達ができ、東京・名古屋・大阪・博多にHP繋がりができ。
 
そして、東京でのオフ会に、たった一人で初参加。20人以上参加していたその中に、知っている人は二人ほど。
 
右も左もわからずドキドキしながらおとなしくしていたのに、なんだかんだで全員と友達になることができてしまいました。二丁目の飲み屋もこの時に初体験。(笑)
 
そしてそれに味をしめ、毎月のように東京のオフ会に参加。時には有名なGmenモデルの人とも知り合ったり。(今はもうGmenは廃刊になってしまったけども。)
 
27歳から33歳くらいまで、毎月東京に行ってたなぁ。理由はやっぱり、友達連中といると楽しいからですね。
 
そんな人の繋がりを経験するたびに感じたことがあるんです。それは「セクシャルマイノリティは気さく」だということ。その理由は「話しやすい」からかな。
 
ゲイの人は、基本的に優しくて大人ということもあるけど「状況は異なっても同じセクシャリティである」という共感性があるからかもしれませんね。だから、すぐに親しくなれる。親しくなれるから、絆も生まれやすいと感じる。絆があるから、久しく会っていなかった人と再会しても、以前と変わらず話ができてしまう。
 
また、こんなことも経験できます。特別なイベント(例えばLGBTパレード)なんかで、皆でそれを完成させると、感じたことのない一体感を実感する。僕も何度かLGBTパレードには参加したから、それがよくわかります。
 
あるときパレードで最後まで歩いたんですよ。すると、先にゴールしてた人たちからの「お帰りなさい!」の言葉。それを聞いた時、自然と涙が出てきたんです。おそらくその理由は、素の自分を初めて公の場でさらけ出せて、他の友達と一緒に一つになれたと感じたからかなと思ってます。
 
これってね、すごく嬉しくて嬉しくて、例えようもない幸せを感じるんですよ。「俺、生きててええんや。帰るとこ、ちゃんとあるやん。」てな感じで。
 
それはやっぱりマイノリティということも理由にあると思います。だからこれは、なかなか異性愛者の人には経験できないことかもしれないですね。自分のような人間でも、人との繋がり、恋愛、友情、一体感を感じられる幸せを掴めると確信できたのは、セクシャルマイノリティだからこそ、じゃないですかね。
 
だから僕は、今のままでいいと思うし、これからも自信を持って男を好きになって幸せに生きていく、あらためてそう決意したわけです。
 
そうそう、30歳くらいの頃に当時作ったHPにつづったある言葉に共感してくれた人がいましてね。その人が、「あの言葉、すごく好きです」なんて嬉しいことを言ってくれたんです。いやもう、ほんと嬉しかったなぁ。
 
その言葉というのが「男、好きになるって、ええよな」てな言葉だったと思います。(知ってる人は、「なんや、臥迂の事やな」てわかるかも。)今でもこれは変わらないし、そのおかげで今の自分があると思ってます。
 
自分に正直に生きて、幸せになる。あなたにも、ぜひこうなってもらいたい。だから、何かあればメッセージしてみてください。
 
助けになれるかどうかはわからないけど、こんなおっさんでも役に立てることができるかもしれないですから。
 
ここまで、長々と書いてしまってスンマセン。そして、ここまで長々と読んでくれてありがとう。このブログで、あなたの役に立てることがほんのちょこっとでもあれば、それは僕の大きな支えになります。
 
気が向いたら、いつでも見に来てくださいね。そしてこれからも、どうかよろしく。

 

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